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成果と今後

ゲノム情報先端技術研究グループ
グリッドとオントロジーによるゲノム解析技術を健康長寿に生かす

小長谷(こながや)明彦

ゲノム情報先端技術研究グループ
プロジェクトディレクター

同グループのプロジェクトディレクターのほか、同グループ内の広域分散情報統合研究チームのチームリーダーも務める。

 ゲノム情報をいかにして健康長寿に役立てるか。これこそ、現在、ゲノム情報先端技術研究グループがめざしている研究テーマである。この目標に向けて、高密度SNPチップを用いたヒトゲノム変異解析、オントロジー*1による薬物間相互作用モデルの体系化、薬物間相互作用オントロジーからの薬物動態モデルの自動生成、グリッド*2を用いた高性能薬物動態シミュレーションの研究を進めている。
  現在の日本は女性の平均寿命が85歳を超え、百寿者が3万人以上という世界でも有数の長寿国である。とはいえ、百寿者の80パーセント以上がなんらかの病気をもっており、アメリカや中国にくらべると健康長寿者の比率はむしろ少ないという。その要因の1つとして、薬の副作用の影響が懸念されている。薬の応答は、個人差が大きく、薬物応答遺伝子(CYP3A4に代表される)の多型のちがいや、肝機能、腎機能などの個体差の影響を受けやすい。高齢者ではさらに薬の代謝能力が衰えるため、より薬物間相互作用の影響を受けやすくなるともいわれている。

*1 オントロジー
オントロジーとは直訳すると「存在論」のこと。ここでは、概念や用語の仕様について議論することで、新たな語彙の基盤をつくる研究を指す。

*2 グリッド
複数の研究機関において、コンピューターや実験データをセキュリティで守りながら共有する技術。

薬物代謝経路から自動的に検出されたイリノテカン(抗ガン剤CPT11)とケトコナゾール(抗真菌剤KCZ)の間の薬物間相互作用

ケトコナゾールはCYP3A4との結合力が高く、肝臓におけるCYP3A4によるイリノテカンの代謝を阻害する。一方、血液中では、イリノテカンとケトコナゾールはどちらもアルブミンに結合するため、アルブミンとの競合結合の可能性も同時に検出されている。

薬物代謝を予測するための技術

 そこで、私たちの研究では、個人のゲノム情報と生理学的な指標から薬物代謝パスウエイをモデル化し、薬物の同時投与の影響や加齢による影響を事前に予測することをめざしている。すでに、このような薬物相互作用予測システムを実現するために、遺伝子変異解析システム(VARSearch)、薬物相互作用オントロジー(DIO)、薬物動態シミュレータ(PPDViewer)を開発している。
  遺伝子変異解析システム(VARSearch)は、システム情報生物学研究グループの小島俊男チームリーダーとの共同研究である。50万スポット分の情報をもつスニップチップを用いて遺伝子タイピングと遺伝子コピー数多型の解析を行っている。このシステムはテラバイト級の実験データを高速に処理するために分散並列データベース*3と高度な利用者インターフェースを備えており、億単位のスニップ情報を視覚化し、変異箇所を同定することが可能である。
  薬物相互作用オントロジー(DIO)は、薬物応答遺伝子、薬剤、その代謝物に関する反応について、分子間相互作用を中心に体系化したオントロジーである。セマンティックWEB技術*4と論理推論を組み合わせることにより、インターネット上の最新の薬物に関する知識を用いて、薬物動態モデルを動的に作り上げ、同時投与時の薬物間相互作用箇所を検出することを可能としている。
  薬物動態シミュレータ(PPDViewer)は、細胞内の分子間相互作用だけでなく、各臓器における薬物の吸収と排出、臓器間での血流量や薬物の排泄もモデル化し、シミュレーションする。薬物動態は薬物応答遺伝子の多型だけでなく、性別、身長、体重、臓器の大きさなどのさまざまな生理学的指標に依存する。これらの集団について、薬物血中濃度-時間曲線下面積(AUC)などの薬物動態指標をシミュレーションすることで、薬物間相互作用の影響度を数値化して判断することができる。これには膨大な計算パワーが必要とされるので、グリッドを活用している(下図)。

*3 分散並列データベース
データベースを複数のコンピューターに複製し、並列にアクセスすることで検索を高速化する技術。

*4 セマンティックWEB技術
計算機が意味を理解できる形式(つまりオントロジー)でインターネット上の情報を共有する技術。

グリッド技術を用いた薬物動態シミュレーションによる薬物間相互作用の定量的比較

薬物動態の指標の1つである薬物濃度の半減期に関してCYP3A4の活性能力を変化させたときの薬物間相互作用への影響について視覚化してある。グラフは両対数であり、X軸はイリノテカンの投与量、Y軸はケトコナゾールの投与量を表す。中央が標準的な投与量となり、各等高線はイリノテカンの半減期が等しくなる投与量の組み合わせを示す。右上は約10万秒、左下は約0.1秒であり、シミュレーション結果からは、CYP3A4の遺伝子多型の影響により、10倍程度の影響が出る可能性があることが示唆された。

国際協力しつつ長寿健康社会へ

 こうした研究を通じて、私たちは、オントロジーおよびグリッドの生命科学分野への応用において先導的役割を果たしてきた。オントロジー研究に関しては、日本のオントロジー研究の拠点となるJCOREを慶應大学および大阪大学とともに立ち上げている。JCOREはアメリカの拠点(NCORE)とヨーロッパの拠点(ECORE)と連繋し、世界のオントロジー研究の一翼をになうことが期待されている。
  一方のグリッド研究に関しては、2004年から、Life Sciences Grid国際会議を毎年開催し、論文集をInternational Journalにおける特集号および冊子として刊行した。バイオインフォマティクスでは大規模データ処理と大規模計算を必要とするが、生命科学を対象にしたグリッドの研究を通じて、計算環境を研究拠点間で共有することで、実験データ、知識をセキュリティで保護しながら共同研究を推進する技術の研究開発と普及に貢献している。
  長寿健康社会の実現には、各個人のゲノム変異情報の活用が不可欠である。そのためにゲノム情報から生理的指標までを統合・体系化し、モデリングするためのパーソナルゲノム情報解析技術が求められている。私たちの研究で培ったオントロジー技術、モデリング技術およびシミュレーション技術が、求められている技術の先鞭となり、ひいてはゲノム科学からゲノム産業振興への橋渡しとなれば幸いである。