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GSCの歩み

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成果と今後

遺伝子構造・機能研究グループ
cDNA収集とRNA大陸の発見を経て、いよいよネットワーク解析へ

林崎良英

理研横浜研究所オミックス基盤研究領域 領域長

2008年3月まで、プ ロジェクトディレクターとして遺伝子構造・機能研究グループを統括し、2008年4月より現職。ともに、基盤技術開発・基盤解析のチームを強力に牽引する。グループ内の多くのスタッフがひんぱんに訪れ、林崎の研究室では軽快な関西弁とにぎやかな笑い声が絶えない。研究のモットーは、「誰もできないことをやること」。有言実行の日々を送る。

GSCにおける林崎の研究は、1995年に理研GSC遺伝子構造・機能研究グループで始まったマウス・エンサイクロペディア・プロジェクトを引き継ぐ形で展開してきた。「完全長cDNAプロジェクト」とよばれるこの試みは、1995年にアメリカがヒトゲノム計画を打ち出したのを受けて、ゲノムプロジェクトを補完するためのものでもあった。巨額を投じたアメリカ主導のヒトゲノム計画に対抗するには、基礎技術の開発が必須のcDNA解析を進めるしかなかったとの判断もあってのことだった。

GSCの初代所長である和田先生にはじめて高速シーケンスシステムRISAの開発現場を見にきていただいたとき、「これが完成したら私の夢がかなうなぁ」とおっしゃったのが印象に残っている。それ以後、「技術を開発しつつ科学を進める」という和田先生の精神を実践するグループであるとの自負のもと、技術開発に取り組んできた。
はじめのころ、プロジェクトの推進途上で苦しんでいたときに、和田先生から『航研機―世界記録樹立への軌跡(富塚清著、三樹書房)』という本をいただいた。半世紀前に、長距離飛行の世界記録達成をめざして製作され、その目的を遂げた「航研機」の開発の過程を描いたものであった。はじめは何気なく目を通したが、ここに書かれていたことは「システムを開発するときには、何もかも最先端の技術を開発する必要はなく、従来技術で確実に動くところは、それを用いるのがよいこともある」という教訓だった。
この時宜にかなったアドバイスのおかげで、私たちのシステム開発は一挙に進み、一連の完全長cDNA技術、自動シーケンサーの開発などに成功し、これを用いて、今や世界標準となった理研cDNAクローン・コレクションを構築し、その全長シーケシングを達成するに至った。こうして得られた多数の塩基配列のアノテーションのために、2000年には、第1回FANTOM(Functional Annotation of mouse cDNA)国際会議を開催した。内外の65名の科学者が参集し、その成果は2001年のNature誌に掲載された。

新たな技術を駆使してRNA大陸を発見

 さらに解析を進めると、マウスの全遺伝子の約半分に選択的スプライシングがおきていること、そのうちの80%がスプライシングによってタンパク質のアミノ酸コドンを変えていることが明らかになり、ゲノム上の遺伝子の数よりもタンパク質やmRNAの種数の方がはるかに多いことがわかった。Natureは、これらの成果を、当時のアメリカとイギリスによって完成されたマウスゲノムのFirst draftの塩基配列とともに特集として取り上げた。これらの成果により、マウスはゲノムとトランスクリプトームが同時解読された、科学史上初の生物となった。
  私たちの手による、完全長cDNAライブラリー作成からシーケンシング、解析までの技術は、マウスだけでなく、ヒトをはじめとする他の生物種の完全長cDNAの解析にも応用された。たとえば、わが国の重要な食糧であるイネ、代表的な実験植物であるシロイヌナズナ、社会をもつ昆虫として知られるミツバチなどの完全長cDNA解析に貢献することができた。
  完全長cDNAは圧倒的な情報量をもつ一方で、手に入れるには多くのコストがかかる。そこで、つぎに私たちは、転写開始点を高速に同定する方法として、CAGE(Cap Analysis of Gene Expression)法を開発した。CAGE法は、耐熱性逆転写酵素*1やcap-trapper法*2を組み合わせ、そこに制限酵素を用いることで、転写物の5'末端から20塩基のタグ配列を切り出し、その塩基配列を決定する手法である。この手法により、転写開始点をゲノムワイドに同定することが可能になった。実際に得られた情報に完全長cDNAの情報を加えて解析した結果、転写産物(トランスクリプト)の半数以上がタンパク質をコードしないRNA(non-coding RNA)であり、しかも、これらが生体内においてさまざまな機能を果たしていることがわかった。

RNA新大陸の発見

タンパク質の科学と同じくらいの広がりをもった研究分野がひらけた。

この成果は2005年のScience誌に掲載され、「RNA大陸の発見」として新聞各紙で大きく取り上げられた。人類の科学史が、トランスクリプトの半数以上を見落としていたことを示すものとなったが、新たに拓かれた研究領域は実に広大なものであった。

*1 耐熱性逆転写酵素
一本鎖RNAを鋳型としてDNAを合成(逆転写)する酵素で、高温処理後にも酵素活性が低下せず、高温(65℃以上)において逆転写酵素活性が最大となるもの。この酵素を用いれば、逆転写反応を高温でおこなうことができるため、従来困難であった立体構造を形成しやすい長鎖のRNAを鋳型にした逆転写反応が可能となる。

*2 cap-trapper法
完全長cDNAの5'末端に特異的に存在するCAP構造を化学反応を用いてビオチン化し、アビジンを用いて回収することにより、完全長cDNAのみを選択する方法。

技術を開発しながら道を進む

FANTOM1(上)およびFANTOM2(下)
世界各国から100名以上の第一線の研究者が集結した。

 振り返ってみると、GSCでの10年間は登山のようであったと感じている(本格的な登山の経験はないので、想像であるが)。さまざまな技術を開発しながら「トランスクリプトーム」という、そびえたつ山に挑戦したのである。途中には多くの困難や苦労があったが、そのたびに諸先生方のアドバイスを受けながら、厳しい道を的確な判断で一歩一歩進んできた。頂上に立ったとき、目の前には未知のRNA大陸が広がっていた。むろん、トランスクリプトームを完全に制覇したというのではなく、むしろ、ようやくそれを概観できるところに立ったという方が正しい。
  一方で、私たちの研究グループは、国民生活により近い研究もおこなってきた。その1つが、SMAP(SMart Amplification Process)法の開発である。SMAP法は、きわめて高速に目的の遺伝子のみを増幅させる技術である。すでに、個別医療に向けた取り組みの足がかりとして、肺がん治療に用いられるイレッサ(ゲフィチニブ)の感受性にかかわる遺伝子(上皮性増殖因子遺伝子: EGFR)の変異を迅速かつ高感度に検出するための検査キットを開発し、臨床応用が始まっているところである。
  SMAPでは、バックグラウンドのノイズを完全に抑える技術によって、きわめて正確な診断が可能になったが、さらに、一定温度で増幅反応が進行するために消費電力が少ないという特徴ももつ。現在、この利点を生かして、携帯電話のバッテリーを熱源にした「個人が健康状態を手軽にチェックするためのデバイス」の開発にも取り組んでいる。

LSAのパイプラインで解析能を加速

 さまざまな生命現象を理解するためには、得られた膨大なデータと技術を材料に分子レベルの細胞内ネットワーク(遺伝子と表現型を結ぶネットワーク)を解明することが求められる。当然、このネットワークにはRNAに関するものも含まれる。
  こうしたニーズに対応するため、私たちは、「ライフサイエンスアクセラレーター(LSA)」の構築を進めている。LSAは、ゲノムレベルの研究手法を活用して生体分子の情報を系統的に集め、生命現象の背後で営まれている生体分子の相互作用を解明するシステムである。まずは、生物の転写ネットワークを解析対象に据え、CAGEやセルベース・アッセイ*3などによる網羅的解析をおこない、そこに種々の解析手法で得られたデータを加え、総合的に解析することで転写ネットワークを解明できる大規模解析システムを構築したい。このような研究戦略は、従来の個別研究とはまったくレベルの異なるものであり、将来のライフサイエンス研究のスタイルを変革する革新的なアプローチになるだろう。
  近い将来、これまで各研究者が個々の遺伝子についておこなってきた解析を、私たちが研究者から受付け、LSAを用いてゲノムワイドに、システマティックにおこなうことができるようになるだろう。「アクセラレーター」と名づけたのは、この解析パイプラインが、まさにライフサイエンス研究を大幅に加速することを予想してのことである。
  さらに、今後のLSAの開発過程において、従来の手法では解明できなかった分子メカニズムや分子ネットワークを解明できる可能性もあり、ライフサイエンス研究の進展において先導的な成果を示したいと考えている。LSAは、ライフサイエンス研究の基盤として、理研のみならず、わが国全体のライフサイエンスの基盤となるだろう。
  最後になったが、今は、2002年にFANTOM2(第2回FANTOM国際会議)を開催した際に、横浜研究所の入り口に記念植樹した桜が、来年もちゃんと花を咲かせるかどうかがやや気がかりである。FANTOMプロジェクトと同様に、たくましく育ってほしいと願っている。

*3 セルベース・アッセイ
培養細胞を用いて、さまざまな刺激に対する応答をスクリーニングする方法。

FANTOM3

FANTOM/ゲノムネットワークプロジェクトの解析によりRNA新大陸の存在など多くの新事実が明らかになった。