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GSCの10年

チンパンジーY染色体のDNA塩基配列決定と
ヒトとチンパンジーの比較解析

-Y染色体DNAに刻まれた雄に特有なゲノム進化を解明-


独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)ゲノム科学総合研究センター(榊 佳之センター長)を中心とする日本と韓国の国際共同研究チームは、このたびチンパンジーY染色体のDNA塩基配列を解読し、ヒトとチンパンジーの種分化後、約500万年の間に生じたY染色体のゲノムの進化の過程を明らかにした結果を、ネーチャージェネティクス誌、2006年1月2日(日本時間)のオンライン版で発表した。
理研ゲノム科学総合研究センターは、日本のゲノム解析研究の中核機関としてヒトゲノムプロジェクトを推進しているが、生物としてのヒトをより理解することを目指し、ヒトの最近縁種であるチンパンジーゲノムの塩基配列決定と、ヒトとチンパンジーの比較ゲノム解析も同時に進めている。これまでに、ヒトとチンパンジーのゲノム全体、常染色体であるチンパンジー22番染色体とそれに対応するヒト21番染色体の解読成果を、サイエンス誌、ネーチャー誌に発表している。今回の発表は、雄性を決める性染色体であるY染色体に焦点をあてた、高精度解析研究の成果である。 Y染色体は哺乳類染色体において、雄を決定する役割をもつ染色体で、雄特有の性質に関わる遺伝子が存在することが知られている。Y染色体のほとんどの領域は、配偶子(精子)形成過程で組み換え(父親由来の染色体と母親由来の染色体が交叉する現象)を起こさないため、Y染色体上の遺伝情報は父親から息子へと常に雄の個体を通じて伝わるという独特な性質をもつ染色体である。
今回の解析では、単一個体の雄チンパンジー(ゴン)由来のY染色体の約12Mbの領域について高精度な配列決定を行い、その領域に対応するヒトY染色体の配列と比較解析を行った。その結果、ヒトとチンパンジーのY染色体の塩基配列の違いは1.78%であり、ゲノム全体の比較による1.23%、常染色体同士の比較による1.44%と比べて、Y染色体では塩基配列の差が大きく、Y染色体の進化速度が大きいことを実証した。また、解析した領域に位置する遺伝子の構造を比較したところ、全ての遺伝子にヒトとチンパンジーで塩基配列の違いがあった。免疫系の細胞表面上に存在するタンパク質を指令するY染色体上のCD24遺伝子(CD24L4)が、ヒト以外のサルには存在しないこと、つまり、種分化後にヒトのY染色体上にこの遺伝子が挿入されたことがわかった。このことは、ヒトとチンパンジーの間に見られる疾患や感染症などに関する免疫性の違いに関連している可能性を示唆している。ゲノム中に散在するAluやL1のような反復配列の分布と挿入頻度を解析した結果、常染色体とY染色体では反復配列の分布が異なること、ヒトとチンパンジーで挿入された反復配列の種類が異なることがわかった。これらの結果は、反復配列の染色体への挿入(と修復)頻度の相違、種特異性の存在を示すと同時に、ヒトとチンパンジーが分かれて以来、我々のゲノムに起こった構造変化(つまり進化)の実態を表すものと考える。
哺乳類のX染色体とY染色体はかつて相同な構造をとっていたと考えられている。今回、ヒトY染色体とチンパンジーY染色体のそれぞれについて、ヒトX染色体の構造と比較解析した結果、ヒトとチンパンジーの祖先型Y染色体の構造を再構築することができた。その結果、祖先型Y染色体から現在のヒトY染色体、チンパンジーY染色体となるまでの構造変化の道筋が推定でき、それぞれに広範な領域を含む逆位(同一染色体において特定の領域が逆転、反転すること)が1回ずつ生じたこと、チンパンジーよりもヒトのほうがゲノムの挿入変異が高頻度に起きたことが明らかになった。今回報告したY染色体の比較ゲノム解析の成果は、常染色体で認められる組み換えによるゲノムの修復機構をもたない染色体において、約500万年の間に生じた様々なゲノム構造の変化を明らかにすると同時に、我々のゲノムに起きた構造上の変化の実態を示唆するものである。