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GSCの歩み

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 対談 - GSC10周年記念誌より -

榊 佳之×和田昭允×堀田凱樹
ゲノム科学の新時代を切り拓いた、GSC10年の軌跡

これからの生命科学

長神 これまでの生命科学を振り返ると、ほぼ50年おきに「メンデルの法則」の再発見、DNAの二重らせん構造の発見、ヒトゲノム解読完了と大きなことが起こってきましたが、長期のスパンで見てこの先のゲノムに根ざした生物学はなにをめざしていくことになるのでしょうか。

堀田 私は、なにをめざすにしろ、大量の情報の生産と処理がコンピュータの進歩と同時進行していることが重要だと思います。まずデータベースをきちんとつくる、それを横断的につなげることが重要でしょう。そのためのOS(オペレーション・システム)ともいうべきプラットフォームの開発ができれば、そのOSを利用して新たな研究ができると思いますね。ただ、なにができるかを考える人たちが、必ずしも、今いる生物学者のような人かどうかはわかりません。もしかしたら、まったく畑の異なる人たちかもしれない。分子遺伝学が登場したとき、生物学者ではなく物理学者が学問を進めましたが、同じようなことがもう一度起きる気がしています。

和田 それはおもしろい考え方ですね。いったいどういう人たちが担い手になるのでしょうか。

堀田 それは多分数学者じゃないかと思っています。それも、並の数学者ではなく天才の数学者。頭で考えるだけでなく、現場でデータが生産されてくるところや、処理されるところを全部見て、そこで未来の生物学がなにを実現しうるのかを考えられるような数学者です。生物学者は直感を頼りにするところがありますが、膨大なデータが相手だと直感は無力です。論理的根拠にもとづいて、なにができるのか、なにをすべきなのかを判断することが、生物学に新たなブレーク・スルーをもたらすのではないでしょうか。

和田 私は、ゲノムをもとにして動いている細胞の刺激応答反応の解析が置き去りにされているような気がしています。ヒトで200種にもおよぶ細胞が、どのような刺激応答反応をするのかを、網羅的に解析することが、これからの生物学に必要なのではないでしょうか。たとえば、100万もの穴の中に培養細胞を入れたチップなどができるとよいと思っています。

長神 GSCや生物学の社会への貢献という点では、どうでしょうか。

 堀田さんは独自の「生物学の士農工商説」を唱えていらっしゃいましたよね。

堀田 士農工商と私がいっているのは、伝統的な生物学、たとえばショウジョウバエや線虫を使った研究は「士の学問」で、私が若いころはそれがあこがれの的でした。論文は完璧で、芸術的とさえ思えるものでなければならなかったのです。それが、マウスを使って、言葉は悪いですが、完成度の低い雑多なデータで論文を書く研究者が出てきて、私はそれを「農民の学問」と位置づけました。ところが革命がおきて、農民が士を圧倒しはじめました。うーん、残念だと思っていたら、そこに商人が登場してきて、生物学をビジネスにしはじめたのです。

和田 「工」はなんなのですか。

堀田 「工」はテクノロジーです。商人が出てきて、科学がいかにもうかるかを考え出したわけですが、成功の鍵はテクノロジーが握っていたという意味です。

榊 佳之

 とても興味深いお考えですね。私の頭に浮かぶ社会貢献は、まずは、研究成果を病気のメカニズムを理解し、その治療戦略を決めるために用いることです。さらに、環境中の生物の生命戦略を徹底的に解明して、環境保全や食品開発、創薬に応用することもありうると思います。地球上には、私たちが予想もしない化学反応をしたり、未知の物質生産をしたりする生物がまだたくさんいると思います。そこを解明すると、私たちの生活や産業に非常に役立つものが出てくるはずだと思うのです。

和田 そうですね。もともと物事の発展というのは、まずエレメントがみつかって、つぎにエレメントの間の相互作用、さらにネットワークというふうに広がっていくわけですね。エレメントであるゲノムはみつかったわけですので、つぎはゲノム間の相互作用やネットワークを調べることで、環境中の未知の生命現象や、腸内フローラや土壌細菌などを解析するのはとても有益だと思いますね。

堀田 私はある意味で、生物学が物理学を追いかけているようにも思います。物理学の応用は、X線やトランジスタからはじまって、今や、私たちの生活にあふれています。生物学もそうなるのではないでしょうか。そうなるためにも、私はテクノロジーに加えて理論家の知恵が必要だと思いますね。

和田昭允

和田 ただし最後は、学問としては「士」の部分が重要になるのではないでしょうか。宇宙とはなにか、物質とはなにか、生命とはなにか、人間とはなにか、という壮大な問いかけが必要ですが、現在の生物学コミュニティではほとんど問題にされていない。応用や社会貢献を考えるにも、うしろに大きな目標を掲げないと。そうしないと、若い人もついてこないでしょう。

 そのとおりだと思いますね。人間の進化、行動の進化などは、「士」の部分からみてもおもしろいし、一般の方々の興味もありますので、壮大ではありますが、非常に重要なテーマになるのではないでしょうか。

和田 物理学はショートレンジの相互作用だけみればよいですが、生物はその進化をみても、個体の一生をみても、きわめてロングレンジかつ壮大な相互作用をもちます。だからこそ、数学が必要になってくる、とくにネットワーク理論が重要になってくると思っています。

堀田凱樹

堀田 さらに細かく言うと、複雑なネットワークを分類整理する群論のようなものが必要になってくると思います。群論は、非常に複雑で大量なデータでも、うまい座標軸できちんとみえるようにする学問ですが、これをうまく生物学に応用して、現状のシミュレーション一本槍ではないなにか新しい方法論を作り出してほしいですね。

長神 先生方がぼんやりと想像されるブレイク・スルーが生物学に訪れたとして、社会のしくみはそれに対応できるとお考えですか。

 ゲノム情報の医療への応用がまず課題となるでしょう。10年後には、1人のゲノムを数日以内に1,000ドルで読めるようになるといわれています。では、それをどう活用するのか、というと、まだ解決すべき課題がいろいろあります。たとえば、今、スニップ(SNPs)がさかんに調べられていますが、現状では、あるSNPsの集団全体での病気のリスクの程度が判っても、個人のリスクを予測することは困難です。得られたゲノム情報が本当にその個人にとってメリットがあるということを示さないと、社会は受け入れないでしょう。個人のゲノム情報を得ることの利点と欠点、情報の使い方のルール、告知された際のケア、法整備など、社会で議論し、整備しなくてはならないことはたくさんあり、これらがクリアされてはじめて、真の社会還元は成立するでしょう。

堀田 私は、ゲノムを基盤とする生物学の成果が、医療費削減に結びつけられたらハッピーだと思っています。今は、新たな技術が開発されると、新たな診断機器や薬ができて、医療費がどんどん上がっていく逆方向の状況です。医療はすでに破綻しかけていますので、ゲノムに基づく研究成果で医療費削減を可能にできたら、素晴らしい社会貢献だと思います。

和田 皆さんがおっしゃるように成果の使い道はいろいろ考えられますが、GSCの諸君には、ゲノムが生物38億年の生き残りの知恵の塊であることを忘れずに、その知恵を読み解くことで、生命とはなにかを考えつづけてほしいと思いますね。

長神 長時間、 どうもありがとうございました。

(構成 西村尚子/サイエンスライター)