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GSCの歩み

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 対談 - GSC10周年記念誌より -

榊 佳之×和田昭允×堀田凱樹
ゲノム科学の新時代を切り拓いた、GSC10年の軌跡

ゲノム情報を基盤に次の段階へ、解析技術もともに模索

長神 設立後、現在に至る10年間は、世界的にも「ゲノムの時代」だったと思うのですが、その中でGSCはどのようなことをしてきたのでしょう。

Omic Space

和田 ファラデーは、電磁力学の法則を考えたときに、ある実業家に「これは一体何の役に立つのか」と聞かれ、「その質問は、生まれたばかりの赤ん坊に将来何ができるのかと聞くようなものだ」と答えたといいます。同じことがゲノムにもいえるのではないでしょうか。これまでは競争資金を得た研究者がプロジェクト全体を抱え込み、縦割りで研究を進めてきたのですが、GSCでは、私が提唱したオミックスペースの理論に基づいて裾野の広い研究をしようと思いました。「ゲノムは終った。つぎはタンパクだ」という人もいますが、そうではない。生命にとってのゲノムは基盤で、そこから四方八方に枝がのび、 まわりの環境にも影響を受けている。こうしたスペース全体(オミックスペース)を考えないといけない、ということを世にアピールしたいと思いました。

 私は、ゲノム全体を読みつつ、遺伝子やタンパク質の解析なども一貫しておこなってきたのが、GSCの最大の特徴だと思っています。たとえば、マウスの遺伝子解析の成果の発展は、林崎良英さんの大量のncRNAの発見につながりました。私は第2期のGSCのセンター長になるにあたり、ゲノム科学は、オミックスペースの各階層の解析の段階から、それを統合して生命をシステムとして理解する方向へ進むべきであると考え、その第一段階として「ゲノムネットワークプロジェクト」の実現に努めました。タンパク3000プロジェクトの後継となるターゲットタンパクプロジェクトも、この方向に添うものです。両者はいずれ融合し、大きな分子ネットワークが描かれるものと思います。

 また、ヒトゲノムをよく理解するための「比較ゲノム解析」の重要性も認識していました。これはナショナルプロジェクトまでは成長しませんでしたが、ヒトとチンパンジーのゲノムを詳細に比較することで、新たな視点で生物の時間的な変化をとらえられるようにもなりました。こうして、これまで知られていなかった生命のしくみがみえてくるようになっています。

 同時に、和田さんもよく言われることですが、この10年間でGSCは、新しい時代の生命科学を担う次世代の若手研究者を確実に育ててきていると思います。現在、横浜市立大学や東京工業大学などの大学院生、海外からの若い研究者を積極的に受け入れています。

長神 堀田先生はこの10年をどのようにご覧になっていましたか。

堀田 私は外から見ていた立場ですが、まず、世界協力が不可欠なヒトゲノム計画において、GSCの強力な牽引によって日本チームがヒトゲノムの6%を解読した点が評価できると思います。「6%しか貢献していない」という人もいますが、当時の予算や政治や学会の状況を考えるとGSCの功績は大きいと思います。

 それから、和田さん、 榊さんもいわれたように、つぎを見すえてさまざまな挑戦をおこなってきた点に、たいへん敬意をもっています。ただし、私自身が進んで何かお手伝いしようという気にはなりませんでした。というのは、たとえばゲノムプロジェクト関係の論文には何十人もの著者が並んでいますが、こういうことはこれまでの生物学になかったことで、非常に戸惑いを感じました。だれが何をしたのかがよくわからないという世界に自分が飛び込んでいく気にはなりませんでした。マンパワーをかけて、なるべく多くの情報を得る、というのは高エネルギー物理の領域にはみられますが、生物学ではまだ常識ではないと思います。いわば、ヒトゲノム計画は、生物学の非常識に挑戦したようなものですが、成功したのは対象がDNAという丈夫な分子だったからでしょう。はじめにRNAやタンパク質を全部読もうとしていたら失敗していたにちがいありません。

長神 非常識ながらも、GSCの戦略はみごとに当たったというわけですね。

 発想の転換には成功したと思います。

堀田 そうですね。「全部読む」ことに成功した結果、2つの革新が起きたと思います。1つは「進化」に関する学問が発展しました。詳しくいうと、ゲノムの一部ではなく全体がどのくらいちがうかを比較して系統樹を書き改める「比較ゲノム学」が生まれました。もう1つは、「発生と機能」に関する学問が進みました。遺伝子一つ一つを特定しなくても、ある機能を担う遺伝子を、未知のものも含めて選別して解析できるようになりました。この2つの面で、ゲノムの貢献というのは非常に大きいと思います。

一方で、ゲノム全部が読めてしまったことで、役者は全員舞台にあがったわけですが、それぞれの役がどう演じられているのか、全体のシナリオがどうなっているのかを調べる論理的な方法論が十分に確立していません。というより、ほとんどないに等しい。今はまだ、役者の一人一人をつまみ出してなにをしているのか探っている段階ですが、なにか他のやり方もありそうですね。そんな予感がし始めています。

 堀田さんのいわれる「他のやり方」に該当するものの1つに、情報科学があると思います。GSCでは、いわゆる学問としての情報科学ではなく、生物学に根ざした情報科学をしっかりやっています。表にみえにくい領域ですが、膨大な情報を処理して、そこから新たな知識を抽出することをめざしています。アプローチはまだ十分ではないのですが、古典的な生物学ではやれなかったことができはじめているところです。

長神 今のお話は、計算能力の高さそのものだけでニュースになるような技術がGSCで開発されたことに象徴されていますね。

 タンパク質の構造と機能を研究するうえで、計算機科学をもとに研究を進めようという発想がGSCで生まれました。「MDGRAPE-3」という世界最速の計算能力と精度をもつタンパク質の構造シミュレーションを開発した物理学出身の泰地真弘人さんによるものです。また、NMRの複雑なデータ処理では、スイスから来ていたピーター・ギュンタートさんが大きな力となりました。彼らは、まさに「他のやり方」を作り出す担い手です。

長神 では、新しい方法論の時代に向けて、GSCはなにに挑んでいるのでしょうか?

 ゲノム研究では、「ゲノムという設計図から生命のしくみへの理解を掘り下げていく方向」と、堀田先生がお話になった比較ゲノム学ともいえる範疇のテーマで、「時間軸に沿った生物の進化や多様性を探る」という2つの軸が動いていると思います。GSCは、役者が揃ったなかで個々の生物の生命現象を深く探る「ゲノムネットワークプロジェクト」に挑戦しています。たとえば、配列情報をもとに遺伝子発現のプロファイリングやタンパク質間の相互作用解析をおこない、互いを意味づけしていくことで、生命現象にかかわるあらゆる分子のネットワーク図を描くことに挑戦しています。とはいえ、最新の計測技術から生み出される膨大なデータを相手に四苦八苦しているというのが本音です。アメリカでは「エンコード計画」という類似の研究が進んでいますが、当初、ヒトをターゲットにしていたところ、ヒトゲノムはあまりに複雑すぎるのでショウジョウバエや線虫もターゲットに加えることにしたようです。多様で大量の情報解析はそれほどむずかしいわけで、私たちも同じ課題を抱えています。

長神 問題をかかえながらも、明らかにつぎの目標に向かって進んでいるのですね。

 その通りです。DNA配列の決定においても、従来の決定法とはまったく発想を異にする技術が出てきており、同じ時間で2〜3桁多いデータを得られるようになってきています。そうすると、土壌や海などの環境中に存在する大量かつ雑多な微生物群のゲノムを、短時間で網羅的に読めるようになります。メタゲノム解析という手法です。極論をいうと、ゲノム配列だけでよければ、地球上の全生物のデータを得ることも不可能ではなくなりつつあるのです。

 今後は、進化という横の時間軸と、生物それぞれのメカニズムを掘り下げる縦の軸、この2つをつなげるために、膨大な計算をこなすマシンと、解析の論理が必要な時代がやってくると思います。また生態系では、生物が互いに依存しあって生きているわけですが、その依存関係や共生関係を解明するというのも、ゲノム科学の重要な目標の一つになるでしょう。

和田による「GSCの4原則」

和田は、GSCの設立にあたって、その方針を以下のような4原則にまとめた。ゲノムを基盤に、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム、フェノームの5階層にわたる生命現象について一貫して研究し、そこからあらゆる生命現象や生命戦略をひもといていこうとしたのである。

  1. 生物は複雑なミクロ構造をもち、多様な種を展開する機能体である。生命を本当に理解し、それを産業応用に的確に結びつけるためには、生物を情報・構造・機能の全正面から総合的に研究し、「生命の生存戦略」の解決が不可欠。
  2. 物理学、化学、数学、工学、そして情報科学のあらゆるツールを総動員する必要がある。また、研究の上流から下流(試料作成、構造・機能の高速自動計測、データ解析、意味解読、モデリング)までの整合性と調和を図り、研究を効率化しなければならない。これによってセンター設立に対する社会の期待に応える。
  3. 純粋基礎研究と応用開発研究の間に活発な交流、連携が必須である。わが国独自の智材の確保とde facto standardの発信をおこなわなければならない。
  4. 人類の智の発展と福祉のために、諸外国と国際共同研究、望むらくは日本がイニシアティブをとる研究を積極的に推進しなければならない。